オンライン句集自選102句高橋正子の俳句 ■1966年(昭和41年)〜2000年(平成12年)■
月の樫/昭和41年〜昭和54年 ◆ 朝涼の玻璃を抜けむと青揚羽 底冷えや缶にて浮動パイナップル コーヒーの匙上向きてすぐ冷ゆる 木枯鳴る夜を紙折りて菓子鉢に (昭和42年1月) カーディガン月光に冷えあす成人 れいろうとほおずきの熟れ原爆忌 秋水湧く波紋をそのまま手にすくう (福山駅) スキー担ぎ北に城壁と空がある 雪柳の自由な茎と空気と触れ 遠くの海へ出ていて揚羽甲板へ みずひき草の朱が試験期の図書館に (昭和45年6月14日結婚) 長き髪洗われ天神祭りの子 水菜洗う長い時間を水流し (グレコ展) 秋光あおあおと浴び「水浴の女」 二月はや雛の鼓笛を持たさるる 枯蓮となりつつ水に傾ぎゆき (津和野) 夏深井酒づくりの水湧きつづき 燕子花を抱え一束の湿り 満月光地上に高きコスモスに (大野ヶ原) 炊きあげし飯盒をすぐ露の土へ 台風来つつある夜の卓の丸い梨 温泉の畳の広間のわが正月 おしばなの紅梅円形にて匂う 誰か戸を開け家中に響く寒 麻酔覚めるに従い壁に大晦日 そこにある物に音立つ寒の雨
花のころ/昭和55年〜昭和61年 ◆ (昭和55年1月8日、長男元誕生) 生れてより雪降る巷の音を聞き 誕生日をまじかに吾子も雪の子に 矢車の星空深きにまわる音 熟睡の子に簾の内の青き部屋 さやけさの中へ起き出し四肢があり 白槿十年たちまち過ぎていし 新米の飯を丸き子の口へ 青葉木菟湯にとっぷり子と沈む 泳ぎ子の母呼び父と沖にいる (昭和58年9月3日、長女句美子誕生) おくるみの吾子に十五夜明かりなり 乳ふふます母なる者に虫が鳴く 菜をくくる藁の青くて年暮るる 這いはじめし子に展げ敷く花茣蓙 (広島の生家にて) 夏まつりのふうせん浮かせ子ら眠る 甘藷よく実入り刃物に当たる音 雪の日の湯にまるまると赤ん坊 雉啼くや子二人育てつつ暮らす 目白いるかるき騒ぎが玻璃内へも 囀りに子の片言の鳥を呼び 登山靴どっかと寒の日に乾かし 竹落葉わが胸中を降るごとし 撒き水の虹を生みつつ樫ぬらす
ドイツの旅/昭和62年〜平成2年 ◆ すずしさに星座の話読みつなぐ 秋海の波止へ斜めに泳ぎ着く 翡翠をはっと止まらせ芽ぐむ木々 来たぞ来たぞいつもの目白が蜜吸いに 野ばら咲く愛のはじめのそのように 鞄より木の実ソックス子が取り出す (砥部動物園) らくだ舎に黄砂ひたふる白い昼 (ディズニーランド・シンデレラ城) うすみずいろという水あって春の城 (ドイツの旅/平成2年夏) ラインのぼる巨船の人の裸かな (マイン河) 音なき河森また村の夏灯 マインの流れ明るき夜の家族の旅 (ヴュルツブルク) 鐘の音のわれを包んで夏空へ (フォーゲルヴァイゼの墓) 黒つぐみ詩人の墓も緑蔭に (ガーデンパーティー) すもも甘し庭はいつしか青く暮れ (ベルリン) カスターニエの青き実曇天よりもげば
東京深川/平成3年〜平成12年 ◆ もろもろもパンも年越すたのしさよ 新米の飯のかおりにからし漬け 蓮根の土のあらたに描かれし ゆうぐれの空はみずいろ雛まつり (面河) 晩夏の雨の一ふりかかる背のリュック 初夏の夜の電車傾きつつ曲がる 朝すずし湯の沸く音を傍におき (イヨテツスケートリング) 氷上の全く青きを滑り遊ぶ 聖イヴは大き絵本をおさな児に (元) 白シャツに風入れ友と居て倦まず 霧に育ち大根くゆりと葉を反らす 近寄れば真実リラの匂いける 野に出でて日傘の内を風が吹き 盆歌の抜ける一村星の村 停船の灯のはなやげる大晦日 耕して水仙を天まで匂わせる 囀りの抜け来る空の半円球 バスの後ろ揺らし入りゆく青山河 白ばらの空気を巻いていて崩る 銀杏黄葉市電は丸くカーブする 胸うちに今日の夏野を棲まわせる 呼んでみるかなたの空の雲の秋 十六夜のものみななべてみずみずし 青年ら鮎を食べんと畳の間に 鴨泛かぶ池の青さのまっ平ら 大年の山河も晴れを賜りし 手袋に手を入れ五指を広げみる (東京) ビルの窓全てで五月の空なせり 下町の空に乾ける子の白シャツ また来れば水鳥朝の湾に増ゆ (上野・西洋美術館) いとけなき白もて描かれゴッホのバラ (東京深川・芭蕉記念館にて「水煙二百号記念大会/平成12年4月29日」) 新緑の翳るときあり水があり (隅田川) 都鳥春の空より羽音させ (鎌倉街道) 昼顔を眸に映し旅ひとり (ベイ・ブリッジ) 梅雨明けの海の真上を渡りきる (小田急江の島線) 特急の窓を芽木のそろいて過ぐ 水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ さわやかに行きし燕のもどり来る パソコンを消して露散る夜となりぬ
■東京四季出版発行「現代俳句精鋭選集T」に収録■