句集のあとがき@/水煙俳句叢書

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高橋信之句集「旅衣」



 「水煙」を創刊したのは、昭和五十八年のことで、
この九月に創刊二十周年を迎えるが、その記念に、句
集「旅衣」を刊行することにした。俳句雑誌「水煙」
を細く長く続けて、創刊以来、ひと月の欠号もないと
いうことを誇りに思い、その記念の刊行である。
 本句集は、昭和六十二年四月から平成十五年三月ま
での二百二十三句を収録し、その多くは、身辺を詠ん
だもので、私の十六年間の生活の記録となったが、こ
れは、私の生の証である。
 「水煙」の二十年間は、「明るくて深い現代語」の
俳句を求めてきたが、この頃しきりに思うのは、芭蕉
の「虚実」であり、亜浪の「まこと」と臥風の「色即
是空」とも重ね合わせる。芭蕉は、「虚に居て実をお
こなふ」と言い、「実に居て虚にあそぶ事はかたし」
とも語った。芭蕉の有名な言葉「高くこころをさとり
て俗に帰るべし」も同じ心境なのであろう。
 長年、海外の俳句詩人と付き合い、インターナショ
ナルで、グローバルな俳句と関わってきたが、今は、
インターネットの俳句に関心があって、ネット上での
俳句交流に深く関わっている。芭蕉の「深い」俳句が
インターネットの「明るい」世界でどのような進展を
みるのか、楽しみなのである。日本の「深い」心が現
代のインターネットに生かされ、グローバルな世界に
受け入れられることを願っている。ネット上での新し
い俳句を、私は、仮に「ネット新俳句」と名付けた。
「明るくて深い現代語」の俳句である。
 句集の跋は、大学時代の恩師で、ドイツ文学者の信
岡資生先生と学生時代からの友人で、国語学者の柳田
征司氏にお願いした。私の文学を長年ご指導くださっ
た先生方で、ここに厚く御礼を申し上げる。また、妻
正子の跋をもらったが、俳句の理解の助けになれば、
と願っている。
 句集「旅衣」の出版には、多くの方々のご協力、ご
支援をいただき、印刷では、「水煙」発行で日頃お世
話になっている身近の青葉図書にお願いし、専務村上
和興氏のご好意を得た。こうした皆さんに心から感謝
している次第である。
 平成十五年三月三十一日

  

 


高橋正子句集「花冠」



あとがき

 このたび、水煙創刊二十周年記念事業の一環として
刊行される水煙俳句叢書の第二巻にこの書を入れてい
ただくことになり、大変うれしく感謝の念一入であり
ます。この句集は、私の第一句集「月の樫」(昭和四
十一年から昭和六十一年春)以後の昭和六十一年から
平成十四年までの十七年の間に「水煙」に発表した句
から二百二十四句を選び纏めました。昭和六十一年は
、長男元が小学校に入学し、長女句美子の七五三のお
祝いをし、また、主人が網膜剥離で数度手術をした年
です。それから十七年が過ぎ、今年は、元は大学院に
進み、句美子は、この九月には、二十歳の大学二年生
え、それぞれ自分の道を見つけてくれて、母親として
の一区切りがついたところです。従って、この句集は
、子育てただ中の俳句となっています。これまで三十
八年間俳句を作れる環境がずっとあったことは幸せで
、私にはかえがえのない句集となったことをありがた
く思います。
 前半の「マイン河畔」は、ドイツの旅を中心にして
いて、ドイツでの俳句は、一九九〇年ドイツ統一の年
の夏に、漱石の研究者でもあるワルツォック博士の主
宰するフランクフルトの俳句会に招かれて家族四人で
出かけたときのものです。そのときの我々の訪問は、
フランクフルトの地方紙に載ったり、マイン河畔でガ
ーデンパーティーを開いて戴いたり、随分楽しい思い
出として残っていますが、私の内面においては、ドイ
ツの旅はそれ以上のものでした。ルフトハンザ機が、
シベリヤを越え、リューベックの上空に差しかかった
とき、リューベックの街の屋根が朝日に宝石のように
耀き、確かにヨーロッパの街の存在を知らせてくれま
した。小学生の時に幾度も繰り返し読んだアンデルセ
ン童話から思い描いていた街と違わない街がそこにあ
ったということは、私を育んできた精神がそこにある
ということに他ならなかったのです。また、ベルリン
には、戦後を育ってきた私にとって、戦後の痛みを共
有できる何かが残っていました。カイザー・ヴィルヘ
ルム記念教会の空爆で折れた黒い塔は、私には原爆ド
ームを見るような思いでありました。路上で大声で諍
うポーランド人の夫婦。夕陽に二マルクのピザを求め
て行列を作る人々。権威と権力を翳したような建物。
ベルリン動物園の森のような茂りに売られるアイスク
リーム。壊されたベルリンの壁。それは、日本にはす
でに無くなってしまった戦争の痛みの心情そのもので
あるように思えました。フランクフルトの自由さ、ミ
ュンヘンの明るさ、ヴュルツブルクの宗教的な雰囲気
、ライン下りの楽しさ。それらは日本の風景よりも却
って、私の原初の心を呼び起こして俳句となりました。
 後半の「花冠」は、信之先生が開設したホームペー
ジで、インターネットを使って俳句活動ができるよう
になってからのものです。インターネットは、私に、
俳句の読者の層と範囲を広げてくれました。ユネスコ
のパリ本部の詩の部門に日本では唯一水煙がとりあげ
られ、富士山頂俳句リーディングに象徴されるように
、俳句が世界の詩として認められたことも、私の句に
は、大きな意義となりました。また、インターネット
を使う必要から、パソコンの思想にふれ、「言語とそ
の本質」についてのよくわからない部分もありながら
、多くの書物に接し、俳句形式の裏付けを得たことは
、この時期、俳句への懐疑を払拭してくれるものとな
りました。インターネットの俳句を考えるうち、言葉
は平明を心がけ、心は物から離れないようにし、物に
照り映して見るようになりました。今、インターネッ
トの俳句こそが、俳句の本質に近いものではとも思え
ます。
 日々の俳句は、生活はシンプルでありたいと思いま
すので、句は、素にして清潔な花のようであることを
願い、作り繋いでいます。その花冠をこれを読んでく
ださるかたに、祈りをもって捧げます。
終わりになりましたが、信之先生に序をいただき、編
集の労を採ってくだったことにお礼を申します。また
、青葉図書専務の村上和興氏にも、出版にご尽力いた
かきましたことを、厚くお礼を申し上げる次第です。
  平成十五年三月一日

  

 


戸原琴句集「空の青」



あとがき

 人間の挨拶と祈りが言葉を生み出した。そして詩と
なり歌となったという。外国の友が俳句は挨拶として
最高だねという。祈りは複雑で長くなるので書き留め
にくいが、俳句であればもう少し容易なので続けてき
たのである。
 誰に続ける挨拶なのか。生きとし生けるものうへ、
己へ、(己の内に棲み息づくものへ)。それらを擁し
てくれる大自然へ。お早う。こんにちは。こんばんは
。お元気ですか。いただきます。お世話になります。
ありがとう。さようなら。様々の挨拶のことばのよっ
て来るところは定かには知らない。けれども世に出る
時と同様去る時に挨拶は必要だ。時を経てもお米の味
と同じに変わらず毎日繰り返される。これらの言葉に
つけ加え、空が深い、山が笑う、花が燃える、風が光
るといえば、その日その日が心躍るものになるから、
心躍らせんとして短かな挨拶を書き留めてきたのであ
る。
 挨拶には相づちがほしいものだが、私の拙いそれに
毎回信之先生、そして正子先生はすばらしい相づちを
用意して下さり、それに魅せられて続いてきた。
 挨拶を送ろうとして果たせなかった父・美水と姉・
葵の代わりに小さな声で送らせて頂こうと思ったので
ある。
 
 父に供う黒塗箸と冷奴
 虹消ゆる虹に触れたる姉も消ゆ

 平成十五年四月八日

  


碇 英一句集「冬満月」


 このたび、三十年間奉残した伊丹市役所を定年退職することを機に、お礼の意味を
込めて句集を差し上げたいと思い立ち、「水煙」主宰高橋信之先生のお勧めもいただ
き句集を出すことにいたしました。
 俳句は、平成五年頃から能勢口教会会員の故立身揚一さんから手ほどきを受けまし
た。
 当時、障害福祉部門に携わっており、自閉症の人たちの概念形成障害(コミュニケ
ーション障害)ということが常に脳裏にありました、そのような時、「こ・と・ば」
十七文字で感動が伝わることを体験し、言葉による概念形成の奥深さを知りました。
 また平成七年一月の阪神淡路大震災を経験し、この歴史的なできごとをなんとか表
現したいと思ったことも俳句を意識的に作る大きなきっかけになりました。
 平成十二年二月、立身さんが召天された後、インターネットのホームページで高橋
信之主宰「水煙」に出会い、今日まで先生はじめみなさまにご指導を受けてまいりま
した。
 奇しくも信之先生は、私が大学生の時所属した読書会(土曜会)の主宰であられた
故久山康先生(元関西学院理事長・院長)と、旧制松山高校の川本臥風主宰「いたど
り」で、年代の違いはありますが、兄弟弟子であられました。深いご縁を感じざるを
得ません。
 句集を出すには、余りに句歴が浅く、また拙句ばかりですが、一句でも共感いただ
ける句があれば幸だと存じます。
 出版に際しまして、高橋信之先生には終始ご尽力いただき、また心のこもった序文
をいただきありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
 また主宰夫人高橋正子先生、相原弘子さまには選句の労をお取りいただきましたこ
と、深く感謝申し上げます。
 東京四季出版のみなさま、とくに山田佳奈子さんにはお力添えをいただきありがと
うございました。
  平成十四年八月
                       碇 英一

水煙ネット