NPO法人水煙ネット


■高橋正子の書評/俳書を読む■

▼俳書
中村草田男著『俳句と人生』みすず書房松本尚志著『子規の俳句・虚子の俳句』花神社小室善弘著『俳人たちの近代 昭和俳句史論考』本阿弥書店藤田真一著『蕪村』岩波新書●小野圭一朗著『句碑を訪ねて歩くおくのほそ道』朝日文庫●

▼句集T
坪内稔典句集芸林書房2003年10月刊朝吹英和句集『青きサーベル』ふらんす堂2003年4月刊秋尾敏句集『私の行方』沖積舎2000年6月刊

▼句集U
岡本のりを句集『やさしき狼』近代文芸社2000年6月刊野田ゆたか句集『行く春』2003年8月刊碇 英一句集「冬満月」藤田洋子102句集霧野萬地郎句集「サファリ」北村ゆうじ句集「初商い」相原弘子句集「気流」

▼句集V
西垣 脩著『西垣 脩句集』角川書店昭和54年6月刊篠崎圭介句集『花』糸瓜社2004年3月刊




■中村草田男著『俳句と人生』講演集■
(みすず書房/2002年8月23日
/272頁/定価2500円)

 中村草田男の全句集、評論、エッセイあるいは座談会におけ発言
などは、すでに『中村草田男全集』(全18巻・別巻1巻/みすず書房
/平成3年12月完結)に収録されている。本書の解説(萬緑編集部)
によると、「講演記録も本来この全集に収録のはずであったが、講
演集として一巻にまとめたほうが読者の理解に供しやすいなどの配
慮のもとに後日を期すことになっていた。」とある。講演記録が全
集に収録されなかったこの理由が真実であるかどうかは、この限り
ではわからないが、ともかくも全集に未収録の草田男の講演集が『
俳句と人生』として一巻の書となり、われわれの目に触れる形とな
ったことは、現俳句界において慶賀すべきことである。
 本書のもっとも大きな特徴となっているのは、草田男が晩年主宰
誌「萬緑」の講演において、毎年飽くなく「軽み」に言及し続けて
おり、それらの四講演が次のようにまとめられている。「『軽み』
について一言」(昭和53年4月)、「『軽み』について」(昭和54
年6月)、「啄木の一首などについて」、「『おどろき』と『軽み
』」と4編に、草田男の「軽み」観が読めるのである。
 芭蕉の晩節の境地を「軽み」とし、「あるべき俳句」は、「軽み
の俳句」とした評論家山本健吉と、それに反論し、軽みの一語で芭
蕉の晩節を括ろうとする立場に非を唱えた思想的実作者草田男との
論争は、俳句の文学性を深めたと言える。健吉は、昭和49年、評
論「『軽み』の論―序説」をはじめとし「漂白と思郷と」(昭和5
2年)「重い俳句と軽い俳句」(昭和52年)「『俳』と『詩』と
」(昭和53年)「ウィットといのちと」(昭和53年)などによ
り軽み論を補強敷衍させていったが、そのことについて、本書の解
説は、それが俳壇に「おもくれ」や思想性の軽視の風潮を生む原因
となったとする。草田男がもっとも固守したものが盟友山本健吉の
「軽み」への反論で、現代俳句が退廃へと進んでいる原因がここに
あるのは確かであろう。健吉の意向に沿ってきた現俳句界は、ここ
において、そのリアクションに出るかどうかに、俳句生命が委ねら
れているといって差し支えない。実作者の生命のあらん限りを俳句
にぶつけた草田男の、飽くなき戦いの姿勢を見ることができる一書
である。


■小室善弘著『俳人たちの近代 昭和俳句史論考』■ (本阿弥書店/2002年11月15日 /307頁/定価3000円 )                本書は、水原秋桜子の「ホトトギス」離脱 から、桑原武夫の「第二芸術論」までの時代 を取り上げているが、大正末期から昭和初期 に、昭和の新しい俳句を生み出す契機が含ま れていたとし、その時期を出発とした俳句の 近代化が、俳人たちにより、どう進められた かを、論考する。昭和俳句が最も活発な動き を見せた時期である。  全体は、三部構成からなる。第一部「昭和 俳句史論」では、新しい俳句が生み出される にあたり、俳人たちが直面した問題を重点的 に取り上げ、浮かび上がらせて、近代化の意 味と方向を探ろうとする。従って、通史では なく、問題史である。ここで取り上げるのは 、「客観と主観」「花鳥諷詠の超克」「新興 俳句のもたらしたもの」「内面化」の問題で あり、近代化の経緯を明らかに読取ることが できる。なかでも、「新興俳句はなにをもた らしたか」は、山本健吉の「挨拶と滑稽」へ の考察があり、問題を広げないとしながら、 近代俳句は、山本の言う「本来の俳句」でな いものが続々生まれた歴史だともする見解が 示され、興味深い。新興俳句が現代俳句へ及 ぼした影響を決定的とする論証は、明快であ る。また、川端茅舎、中村草田男に焦点をあ てた、「内面化」の問題は、俳句の近代化の 重要な点であるが、ここにおいては、山本健 吉の「かるみ」の論と、草田男らの「内面化 」の重さは、どのように辻褄が合わされるの だろうか。更なる考察が欲しい。  第二部「俳人たちの近代」は、近代化の問 題を個人に絞って取り上げ、精緻な考察で掘 り下げていて、作家論としても応えてくれる ものである。取り上げた俳人は、高浜虚子、 渡辺水巴、飯田蛇笏、原石鼎、川端茅舎、篠 原梵、日野草城、中村草田男、加藤楸邨であ る。第二部の三分の一ページ以上を割いてい るのは、楸邨論である。草田男、梵も人間探 求派である。俳句の近代化については、「人 間探求」に、集約されるとみてよい。この第 二部では、作品解釈の確かさが決め手となる が、楸邨の作品と、作品解釈・論評の間に隙 間があって、しっくりとしない。楸邨の芭蕉 解釈は、芭蕉表現にあり、『野晒』の「ひと りごころ」であるとする。芭蕉の要となる「 虚実」とは、同じ芭蕉ながら次元に差異があ る。貧窮と苦悩の実人生を反映させる俳句が 、現象論、実質論で止まり、本質論へとなら ずに終わっている。楸邨が「人間探求派」と 呼ばれるのは、山本健吉が司会する、「俳句 研究」の座談会に、波郷、草田男、梵、楸邨 が出席していて、臼田亜浪の「俳句道即人間 道」をもって加わった梵がいることによって 、健吉が総括して「人間探求派」と言ったま でのことで、その経緯の精細と作品に関し、 確かな検証を待たなければならないだろう。  第三部「俳句近代化の諸問題」では、文体 、定型、季語、座、風土についての考察があ って、これらの諸問題の克服は、俳句がグロ ーバル化の共時性に耐え得るものとなるため の、必須の課題と言える。 (至文堂「国文学解釈と鑑賞」2004年5月号 p195に掲載される。)


■松本尚志著『子規の俳句・虚子の俳句』■ (花神社/2002年12月25日 /240頁/定価2800円)  近代俳句の革新者正岡子規論と、その後を 継ぐ高浜虚子論の二部から成る。「私の出発 は子規にあったといってよい。」とする子規 に魅せられた筆者の正面からの真摯な子規論 だが、その末尾の章に置かれた「鬼の泣く詩 」は、「柿くはば鬼の泣く詩を作らばや」か らの発想で、「考えようによっては、子規晩 年の作品はすべて鬼の泣く詩ならざるはなか ったと言えるかもしれない。」とし、子規像 を象徴的に表した。いとおしみの心情を加え て、子規解釈を深くした。また、「子規から 虚子への流れを見極めておくことは現代俳句 に携わるものにとって必須の要請であろう。 」としての虚子論は、子規の近代、それを継 ぐ虚子の反近代の複雑でかつ興味深い問題が 、東洋思想を絡めて提起されている。虚子論 の末尾の章にも虚子の主観の句「爛々と昼の 星見え菌生え」をめぐっての「昼光る星」を 置いて、これも虚子を象徴的に表した。これ ら二つの章は、子規・虚子理解を大いに助け てくれるものであろう。詩集を持つ筆者だけ に、近代文学の中に、子規、虚子の俳句を、 詩として位置付けるための努力がなされ、ま た、ロラン・バルト、イマジズム、柄谷行人 などをも視野に入れ、俳句を大きく捉えた書 と言える。  本論を紹介しよう。子規の業績は、俳句革 新にあり、それをまとめ、本論の中心として いるのが、「子規浄土」である。これは、現 代俳句協会評論賞を受けたもので、子規ほど 近代的自我宿命を明快率直に表現したものは めずらしい、とする。子規は、その俳句革新 の第一義を、俳句を文学とすることに置いた とし、「神聖なり、絶対なり、高尚なり、超 脱なり。」を挙げる。その革新は、病気のた め「仰臥漫録」「病状六尺」へと進まざるを 得なかった。が、それ以前の病中吟を含め、 そこに見えるのは、ますらおぶりの健康な精 神が詠む明るくのびやかな浄土であるという 。病気を楽しまなければ生きていて面白くな いという子規の精神は、自身の俳論を超えた 生命そのものの句を作らしめたと言えるだろ う。結局、俳句はここに置いて俳論を超える のである。  次に虚子であるが、子規・虚子と並ぶと、 革新の子規あっての虚子で、子規の土台の上 に柱を建てたのが虚子と言え、子規門双璧の 碧梧桐によって、明確になった虚子と言える 。「花鳥諷詠の意味するもの」として、筆者 の挙げた虚子の句は、  遠山に日のあたりたる枯野かな などで、「大自然の前に、人間ははかない存 在である。造化の大いなる意志にくらべたら 、人間の喜怒哀楽などは些末なとるに足らな い現象に過ぎない。このような人生観なり世 界観と、俳句の実現とが見事に合致していく のである。」と読むが、子規の近代に対し、 虚子の反近代としての花鳥諷詠に見る東洋思 想を現代俳人がどのように受容していくかが 、問題であり、それは複雑である。 (至文堂「国文学解釈と鑑賞」2004年8月号 p177に掲載される。)                 


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