書評/高橋正子

★新刊 小野圭一朗著『句碑を訪ねて歩くおくのほそ道』/朝日文庫
★2000年刊 V. E. フランクル著『夜と霧』/みすず書房
★新刊 梅津信幸著『あなたはコンピューターを理解していますか?』/技術評論社

■俳句 [碇 英一句集「冬満月」] [藤田洋子102句集] [霧野萬地郎句集「サファリ」] [北村ゆうじ句集「初商い」] [相原弘子句集「気流」] [西垣 脩著『西垣 脩句集』角川書店] [藤田真一著『蕪村』岩波新書]  ■コンピューター [西垣通著『IT革命』岩波新書] [服部桂著『メディアの預言者』廣済堂出版] ■その他 [斉藤啓一著『フランクルに学ぶ』日本教文社] [高田敏子著『詩の世界』ポプラ社]



 


碇 英一句集「冬満月」



 碇英一句集『冬満月』は五部構成となって
いるが、恩師の哲学者であり、キリスト者で
あった故関西学院学長の久山康の追悼句を巻
頭句として始まっている。それは、この句集
を貫いている英一さんの精神生活の在り様を
示していると言えるが、英一さんが「俳句」
をはっきりと意識して作りはじめたのは、平
成七年一月十七日の阪神淡路大震災の時から
である。大震災に遭遇し、その歴史に記録さ
れるべき体験が英一さんを敢然として俳句に
向かわしめている。事実の重みが一句の言葉
を超えてあふれ出ている。その十四句から。

 寒暁の腑を突き上げて地震(ない)襲う
 炊き出しの熱さを配る若布汁
 黒めける帽子外套靴リュック
 地震(ない)の街暗がりばかり冬の月

 また、英一さんは、内面の強さでもって伊
丹市役所で障害福祉に生涯を徹せられ、定年
を迎えられたが、障害者に関わり、「コミニ
ュケーション障害」に出会ううち、俳句の十
七字音の「こ・と・ば」が、感動を十分に伝
えうるものであることを身をもって体験され
ている。俳句作家として、俳句を信じるに足
る貴重な体験である。そして勤務先の「さつ
き学園」では、その長として、やさしく温か
く骨身惜しまず子どもたちや職員に接してお
られる。その句。

 五月雨に明日の旅行を尋ねる子
 落花掃く新卒保母の靴真白
 分け合うてコスモスの花挿しおりぬ

 こうした勤務のほかに英一さんには、教会
生活があって、正直でまっすぐなそしてやさ
しく強い精神生活が俳句に結晶されている.。
 笹百合の香りの満ちぬ礼拝堂
 秋静か一切(いっさい)委(ゆだ)ぬ祈りせり
 掃き納め礼拝堂の椅子の列

 そしてさらに、英一さんの本質と思える句
の数々が年を追うに従い増えている。初期の
強く正直な句柄に加え、リズムがしなやかに
なりながら、季節をよく感じて、序に高橋信
之氏が書くように「一」を求める方向が明ら
かになって、英一世界を見せてくれているの
が、この句集である。その句。

 とんぼうの止まるは同じ傾きに
 新藁を積みしトラック村下る
 レモン一つ冷たき丸さを渡される
 立ちしものに光りを注ぎ冬満月

 読み終えて推す私の一句は、

 茎からの紫通る茄子の花

で、「一」への傾斜を見せている。

  


 


藤田洋子102句集/「現代俳句精鋭選集V」



愛と光りの母性

 藤田洋子さんは、小学校のPTA俳句会か
ら出発した。そのことから、自然、母親とし
ての俳句が作品の中心を占めるが、自分の在
りかたに添う気持ちを、どう表現するかとい
うことで、必然的に新しい母親像、新しい女
性の感性を句に表すことになった。俳句雑誌
「水煙」だけでなく、「水煙」のホームペー
ジ上でも活躍し、それらをこなして、その内
容のために、作品は新しくみずみずしい。
 また、洋子さんは美しい人で、家族の信頼
を得て、家族のこと、様々なことにいとわず
よく立ち働く人である。その句。

  全開の蛇口にあふる春の水
  青梅の笊を濡らしつ香を満たし
  ハンカチを干すつつぬけの秋空へ
  
 そんな洋子さんにも一つ不運があって、京
都大学を出て将来を嘱望されていただ一人の
兄を若いときに亡くされている。この経験が、
生来もつ人柄の優しさに深みと慈しみを与え
て、母性を強く支えていると思えるのである
。次の句は、生命を産む母体の尊厳と美しさ
をあまさず伝えていて衒いがない。

 湯をはじく乳房の張りよ夕月夜

 洋子俳句は、全体として新しい母の像で
あるが、その透明感と優しさは、子どもを
詠んだ句に代表される。
 
 日焼け子が海の香させて寝息立て
 透き通る子らの歌声秋立てり
 さやかなる大気病む子の体内へ

こういった句に加え、精神の充実を見る最近
の句は、完成度が高く力量を見るところであ
り、心はるかである。
 
 遠ざかる風船は今空のもの

  


 


霧野萬地郎句集「サファリ」



世界を経験した壮大な俳句

 霧野萬地郎さんの句集「サファリ」は、日
本の先端企業で、世界をまたに掛け働いた男
の、三十年間の壮大なスケールの俳句ドキュ
メンタリーと言えるであろう。「中国人医師
への感謝」の感動的な散文も含まれており、
それらを通して、より明らかに「萬地郎の世
界」を知ることがでる。俳句は、アフリカ、
南北アメリカ、ヨーロッパ、東南アジア、中
国などの赴任地を詠んでいて、それらの街や
村や自然や人々の暮らしが、特徴的に描かれ
ているので、その地がはっきりイメージでき
る。最初の赴任地であり、そこで次男をもう
けたタンザニアに多く思い出があり、アフリ
カでの俳句は、ユニークでインパクトがある。
  タンザニアの首都・ダルエスサラーム
 吾子生まる蝶群舞する病院で
 吾子の誕生を祝うかのように、蝶が群舞し
て、幻想的である。アフリカの地に誕生した
吾子に寄せる静かな夢がある。 
 また、中国での俳句はその風土とあいまっ
て、大きく平らかである。
  杭州
 蓮の実の飛ぶ平らかな朝の湖
 風光明媚な杭州の「平らかな美しさ」が実
感できる。「蓮の実飛ぶ」の季語が示すのは
、蓮の漏斗状の花托から、熟した蓮の実が水
中に落ちるのをいうが、湖に落ちた蓮の実は
、果たして音を生んだか。広く平らかな蓮の
湖に、幾千年もの時が流れていて、そこに浸
る作者の心が、「ひろびろと平らかな」であ
るのが、世界を旅した心が収束するところで
あろうかと思う句である。

「俳句四季10月号」(平成14年)「BOOKS」より

  


 


北村ゆうじ句集「初商い」



「全く偽りがない」

 北村ゆうじさんの生業は、句集の題名から
もわかるように、東京板橋で評判の「稲毛屋
」という、うなぎと焼き鳥の店の店主なので
ある。中学卒業まで軽井沢で育った。中学を
卒業し、東京の親方の下に修行に出るとき、
学生服のポケットに、父親が千五百円を餞に
入れてくれただけだということである。すで
にその時、両親の気持ち、本人の気持ちに、
人生に対する覚悟がきっぱりとできていたと
思えるのである。並大抵の修行ではなく、焼
き鳥一本が生きることであり、それがまた、
芸術に、俳句に通じる本筋として、しっかり
と、親方に叩き込まれていたことである。
 俳句は、横田矢凪氏に最初の指導を受け、
インターネットを始めてから間もなく矢凪氏
が急逝されたので、俳句では同じ傾向で、ゆ
うじさんを通し矢凪氏と知己となった高橋信
之水煙主宰の指導を受けた。ゆうじ俳句の特
徴は、言葉がたいへん平明で簡潔であること
。俳句が、人生、生活といったものに深く裏
付けられていることである。全く偽りという
ものがない。その俳句には、必ず実際がある
。人生をこれほど丁寧に真実に生き、それを
そっくり俳句にできた人は、そうはいない。
妻とともに歩んだ日々の生業の一句一句が、
しみじみと訴えてくるのである。

包丁のつめたかりけり初商い   ゆうじ
美(は)しきものみな地に返し山眠る 〃

  


 


相原弘子句集「気流」



「インターネットが育てた俳句」
 
 相原弘子さんの俳句は、インターネットで
育ったと言ってよい。私の主宰する、インタ
ーネットの「デイリー句会」に、毎日三句、
欠かさず投句され、日々の作句数が、十句を
超えるのである。この毎日の精進が生んだの
が、弘子俳句なのであって、その句柄、句の
調べ、言葉遣い、ものの見方など、弘子俳句
の完成となって、真似のできるものではない
。目に触れ耳に聞こえるものは、呼吸するご
とく俳句にかわり、生活そのものが、俳句と
なっている。
  また、弘子さんと私は、同年同月生まれで
、団塊の世代と名づけられた世代なのである
。戦後だと知らずに旧家に生まれてきて、戦
後を重く、また、つましく育てられた。これ
も私と似た環境なので、句において通じあう
ところが多い。水煙発刊当初から水煙に加わ
って、水煙に協力してくださっているが、水
煙のあり方を決める大切な役を果たしてくだ
さっている。弘子俳句は、弘子独特の俳句で
あると同時に、水煙の目指す「明るくて深い
現代語」による俳句ともなっているのである
。互いに励ましあうなかで、純粋に俳句に精
進を重ねられ、ここに句集としてまとめられ
たことは、同世代として大変頼もしくうれし
く思うことである。インターネットを使い、
変わらぬものの真実を、生活の中に詠みつづ
けてきたことは、言葉偏重に走る現俳句界で
は、貴重な句集と言える。
 穂をもって麦は青さを日に返し  弘子

  

水煙ネット